<2003年3月号>
「雪山山行と遭難」  『岳人』 No。667 2003年1月号から抜粋(榊)
『岳人』2003年1月号の特別企画として、5件が掲載されています。このうち、当クラブに関係ありそうな3件について、要点を抜粋して報告します。冒頭の2件は、発生直後に会員の合田英興氏が関係者から情報を得て、会報に報告しています(注1)。そちらとあわせて読まれることを期待します。

八幡平・源太ヶ岳東面 雪崩事故 2001年1月13日(注2)
雪崩発生 雪洞掘削中その上部から雪崩れ、4人とも流された。そのとき同時に北側の斜面も崩れ落ち二つは合流してデブリは約300mの長さであった。4人は合流点より下、雪洞掘削点より193m、196m、201m(以上生存)及び216m(死亡)の間に流れ落ちた。デブリは風成雪のため軟らかかった。
事後の対応 ゾンデ(ブラックダイヤモンドのストックをつないだもの)捜索をしたが遭難者を発見できず、翌日朝の捜索で、216m地点で深さ約1mの地点で発見。
雪洞掘削地点の状況 傾斜:32.5°、弱層深さ1.5m以上(推定値)
当事者の言葉:ビーコンに対する認識の欠如、 ゾンデの訓練はしていなかった、弱層テストをしなかった、油断(これまで20回以上滑って雪崩れたことがなかった)

岩木山・鍋沢源頭 雪崩事故 2001年1月19日(注2)
雪崩発生 事故の2日前に降雨、その上に20〜30cmの積雪。その沢をトラバ−スしたことによる人為的誘発の板状表層雪崩(厚さ0.5m、幅50m、長さ100m)で、4人のうち、3人が流され2人が埋まる。
事後の対応:110番通報とパトロール隊への救助要請(スコップ、ゾンデ持参を!)、雪はコンクリートのように硬かった。一人は2時間後、もう一人は3時間後に、それぞれ遺体で発見された。
参加者のプロフィール:リーダーを始め全員スキー歴が長く、公認パトロール資格などを持っていた。
当事者の言葉:リーダーなど二人は雪崩講習を受け、ビーコン、ゾンデ、スコップを購入、パトロール組織の普及にも尽力していたが、当日はビーコンを持っていなかった。油断(雪崩常襲地帯ではないので安心していた。)

北アルプス・抜戸岳東尾根末端 深夜の雪崩埋没事故 2001年12月30日
雪崩発生 抜戸岳東尾根末端手前の広い緩斜面に幕営中、奥抜戸沢から落ちた雪崩が南側に回りこんでテントを襲撃した。テントはデブリの末端に埋まったので、大事に到らなかったが、5人はテントごと1.5張り分くらい流されて埋まった。一人がナイフでテントを割き、まず一人の仲間を引きずり出し、他の人もナイフを借りて這い出した。ヘッドランプを腕に捲きつけていた人は、点灯したので所在がわかった。
参加者の反省点:緩斜面であってもその奥に雪崩れる谷があるのを見落とした。弱層テストを重視していなかった。皆ナイフやランプを持っていたが、首や腕につけていなかった人は役に立たなかった。ビーコンはテントの中でもつけておくべきだろう。テントの外に出しておく、ピッケルアイゼンなどはまとめてスタッフバッグにでも入れ、口紐をテントのポールに結び付けておくのが良い。袋やザックに入れておかなかったものは、行方不明になった。(記事にはないが、皆、靴を履いたままシュラーフに入っていたと思われる)

(注1) 合田英興「雪崩ビーコンがあれば助かった筈の雪崩事故」
『LA RANDONNEE』、 No.207  p.17 2002年2月
(注2) 記事では事故発生が2001年となっているが、2002年の誤りと思われる。


<2003年3月号>
新刊紹介 (山と渓谷社 ホームページから原文のまま転載)
『ドキュメント 雪崩遭難』
阿部 幹雄 著
雪山の恐ろしい雪崩遭難の実例を検証、事故の実態を解明する。最近、起きた雪崩事故のなかから、雪山登山、スキー、山ボードなどタイプ別に、雪崩発生、捜索救助に至るまでの経緯を明らかに雪崩事故の原因と対策を検証する読みもの。遭難者たちの行動のみならず、雪崩に遭遇したときの心理まで詳辻。地図、現場略図、写真を多用し、理解しやすい構成となっています。
書籍コード:140030 定価 1600円 (外税)   四六判 280ページ
ISBN4-635-14003-2   発行 2003年01月30日


<2002年3月号>
雪崩関連の情報 木村 彰
先日、テレマークスキーの部品を買いに「さかいや」へ行ったとき、雪崩関連の二件を購入しました。

『決定版 雪崩学』 雪山サバイバル-最新研究と事故分析
北海道雪崩事故防止研究会編  山と渓谷社  2002年2月    1900円
朝日新聞 2月24日朝刊 スポーツ欄「雪崩 古い知識は命取り」でも紹介されています。
http://www.yamakei.co.jp/search/search.html
                         
『決定版 雪崩学』                        スキートレーサー

スキートレーサー  SKI TRACER
雪崩紐に似たもの。赤い紐を入れた小さなバッグを足首に付け、その赤い紐の先端のナスカンを必要なときにスキーに取り付けた小さなリングに取り付ける。転倒してスキーが外れると、スキーに引っ張られてバッグ内の赤い紐が繰り出されます。モンベル製。2800円。
https://www2.montbell.com/mise/webshopping/asp/Spg_itiran.asp


<2002年1月号>
雪崩ビーコンがあれば助かった筈の雪崩事故 合田 英興
1月中旬に、東北地方で山スキーヤ―の雪崩死亡事故2件が起きました。何れもその状況からして雪崩ビーコンを着装していれば助かった筈と推測されたため、報道されなかった雪崩ビーコンについて関係者に直接確認しました。今回の事故は我々に対する警鐘と考え、敢えてご報告します。

ケース1)1月13日 岩手県八幡平 源太ケ岳  表層雪崩  4名パーティで1名埋没死亡
岩手医科大学山岳部の個人山行として入山した4名は、強風のため宿泊予定の大深山荘へ行くのを諦め、ビヴァ―ク訓練もかねて、滑降目的の大斜面上で安全と考えた山頂直下60〜70mの地点で弱層テストはせずに雪洞を堀削開始。15分後の14時30分頃に、足元がすくわれるように表層雪崩が発生。続いて山頂付近の幅約80mの雪庇崩落を含む大規模な2次雪崩が発生し、4人とも150m程度流された。3名は幸い自力で脱出できたが、他の3名より15m下に流された1名は、1m埋没して窒息死した。
松川温泉から約2時間で行ける場所であり、過去20回ほど行った経験者もいるという自信からか4名とも雪崩ビーコンは携行していなかった。埋没者のセルフレスキューは、3名のうち右大腿部打撲の1名を除いた2名がストックで約1時間実施したものの、埋没地点を突き止められず、悪天候のため埋没者の捜索を断念し、雪洞を掘り直しビヴァ―クした。結局、埋没者の遺体は、翌朝入山してきた捜索隊によって発掘された。死亡したのは、同大学教授でテレマークスキーヤー 55歳。

ケース2)1月19日 青森県岩木山  表層雪崩  4名パーティで2名埋没死亡
ペンション経営者を含むスキーヤー4名が、宿泊先のペンションから雪上車で入山し、八合目の嶽Bコースを目指した。午前11時30分頃、3名が雪庇の低い所から沢状のコースに入り、トラバース気味に滑走し始めたとき、先頭の1名が転倒し、表層雪崩が発生。3名とも巻き込まれたが、最後発の1名は、雪崩ても転倒せず約100m流された由。残りの1名は滑降開始前であった。結局、先頭の2名はそれぞれ1mと1.2m埋没した。
4名とも慣れによる油断から雪崩ビーコンやゾンデ棒は携行していなかった。セルフレスキューは、非埋没の2名が雪崩末端のデブリ付近をストックで突いて約2時間捜索し、1名を13時30分発掘。あと1名は14時過ぎ、携帯電話の通報で入山した救助隊が発掘。しかし、2名とも救命措置も空しく死亡。地元のスキーパトロール60歳と、雪氷学会出席のため弘前を訪れた山形県職員41歳。

コメント
●両ケースとも、パーティ4名全員が雪崩ビーコンを着装していれば、2名が捜索活動できたことと、埋没の深さが1〜1.2mと浅かったという状況からして、シャベルやゾンデ棒があれば、比較的容易に発掘して救命できた筈の事故例かと推測されます。 
●もちろん、厳冬期ながらよく行く所であり、今まで雪崩に遭わなかったからと、計画書も作らず気軽に入山したのが最大の問題です。それに、スキー山行をするからには、万一に備えて雪崩ビーコン、シャベル、ゾンデ棒やツェルトを全員が携行すべきでだったしょう。
●ラ・ランドネの現状では、これらの遭難対策装備を購入しない人、使い方を練習しない人、重いからと携行しない人もいます。携行し使いこなせる人と、そうでない人が混在するパーティで、類似の事故が発生した場合の結末を、各自で想定してみましょう。


<2001年11月号>合田
雪崩ビーコン使用法の基本
@ 電池:シーズン初めには、規定の新しい電池に入れ替え
A 装着:送信状態にして、上着の内側にストラップで固定
B 切替:捜索時には、送信から受信へスイッチを切り替え
C 捜索:素早く移動し、受信感度を順次段階的に下げる
D 特定:2mゾーンに入ったら、ビーコンよりゾンデ棒の出番
E 確認:ゾンデ棒で柔らかな感触がある場所に埋没者が
F 発掘:各人持参のショベルで、埋没者を素早く掘り出す
G 収容:ツェルトを張り救命処置をし、低体温症対策を