2024年 4月 至仏山 会山行

至仏山

概要

日程:2024年4月20日(土)日帰り(旅程としては、前後泊して2泊3日)
場所:尾瀬至仏山
宿泊:老神温泉 ホテル山楽(伊東園ホテルズ)
参加者:安尾L、常本、笹生、合田(報告) 4名

4月19日(金)

天候:晴れ

1700小田急線世田谷代田駅で笹生車に安尾さんと乗り出発。環七や練馬IC付近の渋滞を抜けた後は関越道を快適に走り、途中で夕食を済ませ2100過ぎ老神温泉に到着。常本さんは仕事が終わってから自車で2200ごろ到着。低張性弱アルカリ性泉にゆっくりと浸かってから就寝。

4月20日(土)

天候:晴れ

行程:鳩待峠(1590m)出発0810…1040オヤマ沢田代(電話)…1100小至仏山下(2080m)1130~(大休止)~1230オヤマ沢雪橋(1530m)1250…1320登山道(1680m)1335~1340鳩待峠帰着

0630宿を笹生車で出発し、戸倉から0730発バスに乗り鳩待峠(1591m)に上がる。シールを装着して0810登高開始。先にゆっくり行っていると笹生さんは先発したが、彼以外は皆登りが遅いため、結局1100ごろ小至仏山頂下で再会するまで会えなかった。小一時間待つことになった笹生さんは寒かった由。登高速度が余りに違い過ぎると一緒に行動するのが難しい。
 そのため皆で協議した結果、今回は本峰まで登らず小至仏山頂下から直接ワル沢とオヤマ沢の間に滑り込み、オヤマ沢が川上川となる地点を渡渉する方針に予定を変更した。
 シールを外して1130笹生さんを先頭に滑り初めた。昨日の小降雪により雪面が真っ白で美しくかつ柔らかいため、今まで残雪期の至仏山では経験したことがない快適な滑降が楽しめた。しかし、滑り出し方位がやや北寄りであったため、早い段階で斜めトラバースすることとなり、残念ながら真っ直ぐ気持ち良く滑る時間は長くは続かなかった。
 尾瀬ヶ原全景を見渡せる最後の好位置で、大休止して昼飯行動食を取った。今年はやはり積雪量が少なく、尾瀬ヶ原と燧ヶ岳がこの時期らしくなく結構黒々としている。
 その後は直ぐ灌木帯に入り、細かいターンを繰り返しながら高度を下げて行った。小生は怪我をしてから山には全く入っておらず、今回が初めての登山となったこともあり、登りで脚が疲れているのか技術が落ちているのか、恐らくはそれらに加えて5年間の加齢により筋力と平衡感覚が衰えているためか、思うように曲がれず数回転んだ。
 先頭の笹生さんが先行者シュプールを追って、1230オヤマ沢上部(1530m)で辛うじてスノーブリッジが残っている箇所を見付けてくれた。そのため渡渉することなく1320オヤマ沢右岸に渡れた。小休止してシールを着け往路登山道を目指して直登を開始。
 1320我々が登山道(1680m)に達した時点で、先行した笹生さんに電話すると、既に鳩待峠に降り立っており、帰りのバス切符も4人分買ってくれていると判りまた驚いた。
 マイクロバス・タクシーで下山し、笹生車で宿舎に戻り、温泉で皆疲れを癒やした。

4月21日(日)

天候:曇り
伊東園ホテルズは、経営不振な各地温泉旅館を買収し、全施設同一メニューの飲み放題バイキング料理を提供することにより、格安な宿泊料金を提供している。日本酒だけは各宿で違う地酒が飲める。更に毎日同じメニューのため連泊は飽きるが、山麓宿舎としては有り難い存在だ。
 予備日の今日、笹生さんは尾瀬に戻り別ルート山スキーを考えていたが、同乗者2名が帰宅を考えていたので合わせてくれ、朝食後ゆっくり出発し昼前に帰京した。今回単独配車となった常本さんは、折角の機会と捉えて、皆とは宿で別れ近辺での渓流釣りに出掛けた。
 小生は怪我以来5年振りの山スキーであったが、軽い山行で余裕ある旅程と優しい仲間のお蔭で、何とか山に登れて滑れたのが嬉しかった。どうも有り難うございました。(合田記)